BALL WATCH/ボールウォッチ/時計

BALL・WATCH/ボール・ウォッチ

アメリカブランド・スイス製腕時計【Ball・Watchボールウォッチ】

ボールウォッチ概要

ウェブ・C.ボール

1996年、オハイオ州のクリーブランドでは、創立200周年を祝うセレモニーが催され、市に貢献した多くの人とその功績が回顧されました。ウェブスター・クレイ・ボールもその一人でした。彼は時計産業にも大きな足跡を残したとして、その業績が讃えられました。

1883年に標準時が導入され、ワシントンの海軍天文台によって時報が行われるようになると、ボールはこの時報を利用して時刻を合わせ、クリーブランドに正確な時間を導入した最初の宝石商となりました。そして1891年、ウェブ・C.ボールは、湖岸鉄道線の総責任者から同鉄道の監督検査官に任命されました。この時に彼が考案した湖岸鉄道線の時計検査システムは、やがて全米の75パーセント、総延長175,000マイル以上をカバーするようになり、膨大なボール検査ネットワークの幕開けを告げるものでした。彼はまた同システムをメキシコやカナダにも広めました。


キプトンの悲劇

1891年、初の速達郵便列車「NO.4」がオハイオ州キプトンに向かって走っていました。一方、アコモデーション号はエリリアで、郵便列車をキプトンで先に通すように指令を受けていました。

アコモデーション号がエリリアを出発してからキプトンで郵便列車に衝突するまでの間、車掌は時間確認をせず、機関士が郵便列車に注意を払っているいるものだと思っていました。しかし、その機関士が持っていた時計は何らかの理由で一時的に4分間止まって再び動き出していた事に本人は気付いていませんでした。


機関士の時計は止まっていた為、エリリアとキプトンの間は実際は3分しかないのに目的地まで7分あると勘違いしてしまい、列車をゆっくりと走らせていました。その直後、フルスピードで走って来た郵便列車とキプトンで衝突し、大破しました。両列車の機関士が死亡し、9名の乗務員が大破炎上した郵便列車の犠牲となって命を落としてしまったのです。

この事故を機に、湖岸鉄道線の当局者はウェブ・C.ボールに同路線の「時間と時計」の状況を調査させ、正確に運用できるシステムを開発するよう要請しました。

早速ウェブ・C.ボールは、鉄道事業で使用されている全ての時計を有能な時計職人に検査させました。そして、標準時との誤差が30秒以上ある時計に関しては、数多くの規定を設けました。この規定が賞賛に値するものだったかは、それが広い範囲の地域で初めて成功したシステムだったことからもわかります。



鉄道時間の基礎を築いたのはボールでした。これにより、正確で統一された時間管理が確立されたのです。どのような状況でも正確な時間が求められる鉄道時間と鉄道時計。その「標準」として認められているのは、まさにボールのシステムだったのです。一般の旅客が鉄道員に時刻を訊ねたときに、鉄道員の答えた時刻が正確だと確信するようになったのも、ボールのおかげなのです。

現在のボールウオッチは、アメリカにおいて最も注目を集め、地位が確立した時計ブランドの一つとして認識されています。商品開発も消費者のニーズを常にとらえ、21世紀の時計としてさらなる充実が図られています。たとえ、現在のモデルが歴代モデルのデザインと異なっていても、ボール・ウォッチが創業の際に志した「産業に貢献できる機能性」という開発精神は一貫して変わりません。

しかし、文字盤のように、ウェブ・C.ボールが鉄道時計の標準デザインとして定めたオリジナル・デザインは今なお随所に受け継がれています。彼は正確な時間管理を徹底的に推進するために、針の形状から文字盤に印刷される数字の書体といったデザインの細部まで考案したのです。

ボール・ウォッチがそれらを忠実に守り続ける背景には一つの考えがあります。それは、大勢の人々が下す一瞬一瞬の判断が世界を動かしているこの現代社会でも、当時の鉄道員と同じように誰もが正確な時間管理を必要としているのです。